2007年10月アーカイブ

日産GT-Rカラーヴァリエーション

さて、東京モーターショーで、ついにその全貌が明らかになったGT-Rだが、カラーヴァリエーションも発表され、いよいよ発売のはこびとなった。

GT-Rのカラーには伝統的にガンメタリックが用意され、まずガンメタありきで、加えてそれ以外のカラーも用意してますよって感じなわけだが、ざっと見る限り今回は赤が良さそうな気がする。

価格帯はおおむね800万というから、今から20年前に発表されたホンダのNSXとほとんど同じであり、時代の流れによる技術の進歩をかんがみれば、この時代にこの価格はほとんど破格と言ってもいいんじゃないだろうか。

3.8リッターV6ツインターボのVR38DETTの心臓は、6400回転で480馬力という強烈なパワーなのもさることながら、低負荷走行時でも40.0kg-m(!!)のトルクを発生するというから、ケンカっ早い力自慢ってとこか。

エアバッグを装着した状態の車重は約2トンで、これはこのクラスならまあ許容範囲だが、あまり振り回して乗るタイプの車ではないことは確実である。

32Rは、扱いによっては峠なんかもグイグイ走れる車だったが、これは完全な「直線番長」仕様の車なんだろうか。




日産GT-Rパドルシフト


あと、10/18の記事で、「新GT-Rはパドルシフトじゃない」と記述したが、ちゃんとありました。そうだよなあ、ないわけないよなあ。

マグネシウム製のシフトレバーは、ポッキリいっちゃいそうな360モデナのそれに比べて実に無骨である。ただ、僕みたいに手が汗っかきの人間には滑りやすいかもしれないが。

 

VR38DETT

これがVR38DETT。
なんだか辺境の惑星に住む凶暴な怪獣のように、見るからに恐ろしげで異様な形をしたエンジンである。ターボチャージャーはエキゾーストマニホールドと一体式のものが2基載せられている。



gtr_sha.jpg
ボルグ・ワーナー製シックスプレートデュアルクラッチの直結制御により、アクセル操作だけで駆動力をコントロールできるというトランスミッションは、エンジンの後ろではなく車体の後ろに配置され、前後重量配分のバランスを取っている。

しかし、現在の日産の技術を全部突っ込んだというだけあって、今までのどの車とも共通点がほとんど見出せない「異様な」作りである。



さて、今回ゴーン社長が提唱した「誰でも、どこでも、どんなときでも乗れるGT-R」なのだが、これは運転の力量を問わず、どんなコンディションの路面でも、用途を問わず乗れるという、「全方位型スーパーカー」を作ったということなのだろうと思うし、それは成功したのだろうとも思う。

ただ一つ、どうしても許せないのが、従来のGT-Rにあった「改造はいけませんよぉ、ここをこうしたらこうなるようになってますけど、でも改造はいけませんよぉ」という、本音と建前の使い分けメカニズムではなく、完全に改造を拒否しているのである。

特にタイヤのインチアップをさせないためのこの処置は、頑固過ぎないか?新型GT-R整備一覧表車体下部に空気整流のために取り付けられたアンダーカバーを、取り外さないと何にもできないということらしい。つまりオイル交換もディーラーでやらなくてはいけないし、しかも25.000円って何だそりゃ!!あと車検もそうだ。たとえばユーザー車検をやったとしたらこのクラスなら重量税と検査手数料と自賠責でもだいたい9万くらいに収まる計算だが、GT-Rの場合、このアンダーカバーの脱着のためディーラーへ持ち込まないといけないらしく、持ち込んだ時点ですでに20万。

タイヤ交換に至ってはホイールからはずすときはタイヤをカットしなければいけないようになっているらしく、スタッドレスを買うときはホイールも抱き合わせで買わなくてはいけないし、ホイールをサマータイヤとスタッドレスで兼用するとリムに傷がつくという。

これは非難の声があがるんじゃないだろうか。
少なくとも、「誰でも」の敷居が高すぎる。

それでも欲しいんだけどね。

ランボルギーニ・ミウラ

イタリア人という人種は、車を作るとき「ボディは美しければよし、エンジンはハイパワーであればよし」という考えなので、そこには「燃費」「剛性」「居住性」「耐久性」とかいう概念は存在せず、そんなものにエネルギーを注ぐヒマがあったらその分デザインの美しさを練りに練る。だからこそイタリア製の車は世界一壊れやすく、世界一美しいのだ。

ランボルギーニはアウディ傘下になってから、ガヤルドというアウディ色の濃い車と、ムルシエラゴという昔のままの凶悪な12気筒モンスターの二つの路線を取っている。 

 

 スイス→国営→フランス→インドネシア→ドイツと会社が売っ払われてきたランボルギーニとしては、ガヤルドは何人目かのお父さんの子で、ムルシエラゴは本当のお父さんの子ってとこか。

さて実はランボルギーニには、ミウラというお兄さんがいた。
この車の最大の特徴は、世界で始めて12気筒エンジンをミッドシップで横置きに搭載したということだ。

1966年から73年までにわずか750台が生産され、のちにカウンタックを世に送り出すマルチェロ・ガンディーニのデザインによるこの流れるようなボディラインは、明らかにフェラーリを意識しつつもピニンファリーナとは別路線を模索したものだった。ただし、時代が流線型からウェッジシェイプに移る過渡期であったこともあり、この車のデザイナーはガンディーニかジウジアーロかには議論が分かれている。

ミウラは66年のデビューからP400、S、SVと、大きく分けて三つのマイナーチェンジを繰り返し、完成度を上げてゆき、安定した人気を誇っていたのだが、1973年に生産を中止することになったのは、カウンタックの製造が始まるためにラインを明け渡さなくてはいけなかったからだった。弟が産まれるのでお兄さんは部屋を追い出されてしまったわけですな。
 
そのカウンタックが去り、直系のディアブロが去り、ムルシエラゴの時代となった現代にミウラが帰ってきた。2006年のデトロイトショーで、コンセプトカーとして復活したのがこの2006ミウラコンセプトである。 
 
ランボルギーニ・ミウラ2006コンセプト
 注目すべきなのは、デザイナーがガンディーニではなくアウディのウォルター・デ・シルバであることで、シルバはオリジナルのミウラのデザインを大幅に変更することなく、細かい部分を今風にしただけで、本当の意味での「焼き直し」を作ったのだ。オリジナルのデザインの秀逸さを下手にいじくるのではなく、「オリジナルに沿ったものを今風に」という選択をしたシルバはやっぱり頭のいいデザイナーだと思う。
 

ランボルギーニ・ミウラ2006コンセプト

 
これが実に素晴らしく、ミウラが持っていた印象的なシェイプをそのまま生かして、さらに強調する形でよみがえらせたのだが。
あくまで今風で、それでいて「まさにミウラ」という車になっている。

フロントのカナードなんかいかにもって感じだが、テールライトとホイールの形状までもオリジナルの流れをきちんと汲んでいて嬉しくなってしまう。


   

ランボルギーニ・ミウラ2006コンセプト

リバイバルっていうのはこういうのがいいんだよなあ。ちなみにこの2006ミウラコンセプトは今のところ市販化する予定はないらしいのだが、ディノが復活するならぜひこっちも復活させて欲しいと思う。

買うならこっちだろうなあ。Loto6が当たったら。

決してカッコ悪いとは言わないのだが、非常に微っ妙~なスタイリングである。
あの「装甲車」R33や、「重戦車」R34からの流れをかんがみると、大型化は
当然なのかもしれないが、それにしてもデカそうだ。
あとフロントのインタークーラー周りの処理はもうちょっと考えて欲しかったなあ。
これじゃヒゲだ。
 

日産GT-R

マフラーはデュアル4本出しなのは好みなので、とても素晴らしいと思う。
ただ、写真じゃよくわからないのだが、リアバンパーはどうなってるのだろうか。
ブリスターフェンダー一体式ってことなのだろうか?だとしたら交換にいくらかかるんだ…。
いや、ぶつけなければいいだろって言われたらそれまでなんだけど。

日産GT-R
日産GT-R

ステアリングには、左にオーディオコントロールと、右にはどうやらクルーズコントロールらしきものがついているが、これはチューニングするならここにブーストスイッチだの何だのをつけろと言わんばかりである。

ちなみに今回のGT-Rに関して日産は一切の改造を認めず、マフラーを換えるどころか、タイヤのインチアップやホイール交換もカーステやナビの換装すらも認めないようで、やったら一切ディーラーでのメンテナンスは受け入れない方針らしい。

もっとも、マフラー換えたりする人間はディーラーでメンテナンスを受けるとは思わないのだが、オーディオも認めないってのはちょっとどうかと思う。 

 

日産GT-Rこれまたうっひゃー!って感じなのだが、インパネの中央にタコメーター。これはマツダのFD3Sが確かこうだったと思うのだが、「お前が乗ってるのはGT-Rなんだぞ!速いのは当たり前なんだから、速度よりも回転数を見ろ」という実に日産様らしいごもっともなメッセージが込められていそうだ。

スピードメーターのMAXが340km/hなのは、輸出仕様車なんだろうかとも思うのだが、右ハンドルだしそこはどうなのだろうか。タコメーターのレッドは7000からで、たぶん10000あたりまでのバッファは取ってありそう。いや絶対取ってある。だって日産だし。

 

日産GT-R

そして、今回のGT-Rがその歴史上初めて導入することになったのが、オートマチックである。これはちょっと事件だ。

もちろん、F1のパドルシフトからフィードバックされた今日のセミオートマを始めとするATの技術は、マニュアルと何ら遜色ないのはわかっているのだが、しかしそれならパドルシフトにするべきだったんじゃないだろうか…。

 

今回のGT-Rだが、前回の東京モーターショーで公開された「GT-R proto」と比べると、当たり前だが格段に乗用車として完成され、そして現在の日産の「スポーツカーという車」に対する回答なのだと思う。信号待ちで隣にフェラーリが並ぼうが、ベンツが並ぼうが一切動じなく、動じる必要もない日本のスポーツカーとしての「普遍」。それが今回のGT-Rなのだ。

rotegn.jpg

マツダと言えばロータリーエンジン。ロータリーエンジンと言えばマツダ。これに異存のある人はいないと思う。

そもそもロータリーエンジンは、ドイツで生まれたエンジンなのだが、それまであったレシプロエンジンとの一番わかりやすい違いは、

レシプロ
「ピストンの往復によって動力を発生」
ロータリー
「ローターの回転によって動力を発生」

なわけだが、それによって「理論上は」軽量でコンパクトでハイパワーなエンジンになるということで、1960年にマツダは「未来のエンジン」として、全社をあげてロータリーエンジンの開発にとりかかる。

1967年にコスモスポーツの発表にこぎつけたが、ロータリーエンジンの致命的欠陥である給排気効率と熱効率はいまだ解決に至らず、しかもこの車には電気系統にも欠陥を抱えていた。

しかし、マツダはそれでもロータリーのパイオニアになることを諦めることなく、開発を続けて1970年の東京モーターショーにプロトタイプとして出品したのが、このマツダRX-500である。
マツダRX-500

 マツダRX-500.jpg

 カペラのエンジンをミッドシップに搭載して、車両重量850kg。自社製4速トランスミッションで最高速度250km/h。4速ミッションで250kmってのはどうなんだろうなあって思うが、でもこの時代の車としては極限のものを作るつもりだったのはよくわかる。

 

 

ガルウィングドアにリトラクタブルライトなど、今なら充分にイケそうなデザインなのだが、やっぱり当時は奇抜すぎたのだろうか。結果的にこの後に登場するサバンナRX-3は、そのメカニズムからのフィードバックを内包しつつも、より乗用車向けとなった。

日本に入ってきて18年。RX-7の登場でロータリーエンジンはスポーツカーエンジンとしての完成を見る。しかし2002年、すでにフォード傘下に入っていたマツダは排ガス規制不適合を理由にRX-7の生産を中止し、事実上(厳密には違うが)ロータリーエンジンはその進化を終えることになる。

しかしそれまでの歴史の中で、マツダが取得した特許の数は実に1300以上。マツダが信じたロータリーの未来は、結果的に乗用車のエンジンとしては尻すぼみにはなったが、そのノウハウは京都議定書の発効にともない、電機メーカーやガス会社が発電システムに導入を検討したり、多岐にわたり生かされている。

ロータス・ヨーロッパロータスを作ったコーリン・チャップマンという人は、とにかくレースが好きで好きでしょうがなくって、好きが講じていつのまにか商売になっていたのがロータスである。

このあたりのメーカーとしての生い立ちはフェラーリに酷似している。モータースポーツ重視の姿勢も。

このロータス・ヨーロッパは1966年に発表されたロータス初のミッドシップスポーツカーであり、その設計のコンセプトは簡単にして頑固。
曰く「軽くて優れたハンドリングの車」である。

 エンジンマウント部分をY字に開いたフレームに、極力低い位置でエンジンを置き、その上にグラスファイバー製のボディを乗せたそのデザインはまさしくペッタンコで、トラックの下なんかくぐれそうだ。

エンジンはルノー16からの流用で水冷4気筒OHVの、しかもアルミ合金製なあたり偏執狂的な軽量化へのこだわりが感じられる。

ロータス・ヨーロッパ


ハイカムや圧縮比の見直しで84馬力を叩き出す1.5リッターエンジンで、わずか600kg程度のボディを振り回すからには、ハンドリングが相当タイトだったんじゃないだろうか。ロータス・ヨーロッパ

そうして発売されたこのヨーロッパは、1975年の生産終了までに、エンジンが少しずつ大きくなり、最終的に120馬力にまで上げられミッションが5速になりながらも、基本的なスタイリングは大きく変わることなかった。

 しかし、モータースポーツ畑のワンマン社長の会社の常なんだろうか、コーリン・チャップマンの死後、ロータスは急速に業績を落とし、GMに買収され、さらにブガッティに売り飛ばされ、そのブガッティが破産したりして、倒産の危機に瀕することになる。 八方塞がりになったロータスは、あれこれ考えた上に、「そうだ!ものすごく軽くて優れたハンドリングの車を作ろう!」とまた思ったわけである。またって言うのもちょっと何だけど。そうして1995年に生まれたのが、ロータス・エリーゼである。


ロータス・エリーゼこのエリーゼもまた、これでもかという軽量化の施された車で、アルミ製シャーシにはリベットを用いず接着剤でくっつけるというとんでもない作りだわ、ブレーキローターもアルミでできてるわ(初期)、エアコンやパワステと言った快適装備ははじめっからついてないというとんでもない超ライトウェイトスポーツカーに仕上がり、これがまた世界中で売れに売れてロータスは息を吹き返すこととなる。

それに気をよくしたのか、ロータスはヨーロッパを復活させることに決めるのだが、復活したヨーロッパはといえば…。


ロータス・ヨーロッパS2007

 

いくらなんでもこれはないんじゃないだろうか。ロータスはかつて自分たちが40年前に生み出した、地を這う狼のようだった名車をどうしてこんな風にしてしまったんだろうなあ。よっぽど90年初頭の経営危機がトラウマになってしまったんだろうか。

ロータス・ヨーロッパS2007

 

草葉の陰で、コーリン・チャップマン翁は果たしてハンチング帽を振り回してこの車を祝福してくれるだろうか。

パーミッション:

シックスアパートの推奨は755ですが、ロリポでやるなら700にしましょう。
FTPの設定は、必ずアップロード後にパーミッションを変えること。
アップロードの際に、転送設定が755か705になってるのを確認して、
全部アップした後に、.cgiのファイルのパーミッションを700にする。
このとき、FFFTPの「オプション」からではなく、cgiファイルを選択して、
右クリックの「属性変更」から書き換える。
この作業が正確に行われていなければ、インストール時に表示されるべき
画像が「×」になり動作が止まるので、この現象が起きたらパーミッションを
疑うこと。

インストール:

シックスアパートのロリポ用マニュアルではDBにMySQLを推奨してますが、
SQLiteが望ましいです。
プルダウンで、SQLiteを選択するとpathが「./db/mt.db」と表示されるので
「./mt.db」に書き直して次へ。

メール送信はsendmailを選択。
※必ずメールが着くことを必ず確認してから「次へ」を選択。

この時点でmt-config.cgiとmt.dbが作成されるので、もしもこの先の
インストールに失敗したら、このmt-config.cgiとmt.dbを削除してからやり直します。

最初のブログの設定:

サイトURL、サイトpathは「BLOG-NAME」の部分を任意の名前に書き換えます。
私の場合は、kanazo,net/blog/にしたかったので「blog」と書き換えました。
※FTP内でフォルダを作るのを忘れないこと

そうすると、サイトURL、Pathは以下の通り。

URL
kanazo.net/blog/
path
/home/sites/lolipop.jp/users/
ロリポに発行されたアカウント/web/blog/

インストールをクリックしたら、データベースの初期化が始まって
ものの数秒でインストールが完了しますので、

「いつまでたっても初期化が終わらない」
「画像に「×」がついている」

となっていたら、失敗です。とりあえず経験則で言えばFTPソフトの
パーミッションの設定からみなおしましょう。

MovableTypeを、それまでの3.35から4.01にする際に手間取り、放置期間が長引きましたが
やっと、設定にこぎつけました。いやー大変だった…。

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