2007年11月アーカイブ

ランボルギーニ・レベントン

ランボルギーニという車は、やたらとメカニック泣かせで、整備性とかまったく考えないで車を出す上、駆動部分のメンテナンスともなると、めったやたらとエンジンを下ろさなくてはいけない上、その下ろす作業も載せる作業もとにかく困難な作業らしい。

このためランボルギーニという車を嫌がる整備工場は多く、預けたところで、やれ「部品が届かない」もしくは「部品が見つからない」など言いながら放置されてしまうケースが珍しくない。


ちなみに僕がかつて籍を置いていた外車専門の整備工場は、そういったノウハウが膨大に蓄積されていた。ただ会社の性質がヤクザだっただけで。

ランボルギーニ・レベントンは、ムルシエラゴLP640をベースに20台限定で製作された車である。ちなみに「Reventon」の「v」はスペイン語において唇を噛んで発音しないため、「ヴェ」でなく「ベ」と読むので「レヴェントン」じゃなく「レベントン」と読むのが正しい。

ドライカーボン製で作られたボディとインテリアは、アメリカ空軍最新鋭機F-22ラプターをモチーフに作られたという。

ランボルギーニ・レベントン

このため、戦闘機を意識したイメージを強調するためにこういう写真もパブリシティ対象に用意されている。ただ、バックに写っているのがラプターではなくトーネードIDS(ADVかも?)なのは、そこはイタリア車だからイタリア空軍機とツーショットということだから、無粋なこと言って突っ込んではいけない。

少し前にランボルギーニは、ガヤルドのボディをカーボンで作り直して載せ換えたものをスーパーレジェーラとして発表していたが、ムルシエラゴのスーパーレジェーラを、20台限定という付加価値をつけて独立させたのが、レベントンというわけだ。

ランボルギーニ・レベントン前述の通り、レベントンは戦闘機をモチーフに開発(あまりこういう車に「開発」って言葉使いたくないなあ)されたため、その設計思想はインテリアにまで浸透しており、メーターはTFT(つまりPCの液晶ディスプレイと同じ)の中で左の写真のように展開する。

ちなみに、ボタン一つで通常のアナログメーターに切り替わるようにもなっているそうだ。

ランボルギーニ・レベントン内装はこれまたカーボンと、アルカンターラという東レが開発した高価な合皮をふんだんに使っており、エンジンはムルシエラゴのV型12気筒DOHCエンジンをただでさえカーボン化で軽量化されているというのに、650馬力にまで引っ張り上げている。

両側のドアの下にあるエアインテークは、左右非対称で、左側はラジエターを冷却するためで、右側はフロア下の空気整流のみのために設置されている。

ランボルギーニ・レベントン

ランボルギーニの公式サイトにおいて、「ベンチレーション・スリット付きのラミネート・ガラス製エンジン・フードを通して、このスーパーカーに搭載された12 気筒エンジンの鼓動を見ることができます。」とあるが、幾多のランボルギーニディアブロの整備を見てきた身として賭けてもいい。日本の夏場だったらこの部分、

必ず溶けるか割れます!

どうもこの車に違和感を感じるのは、昨今の流行なのかこの光沢のないボディと、あまりにカクカクし過ぎたラインなのだ。ランボルギーニ側がラプターを意識して作ったのはよくわかるのだが、このデザインで光沢をなくして仕上げると、ラプターではなく海洋甲殻動物みたいなのだ。

ランボルギーニ・レベントン
そう、なんか気持ち悪いのである。言い過ぎかなあ。

結局この車はどういう素性なのかと言えば、
ムルシエラゴのエンジンの出力を上げ、カーボンで作ったボディを乗っけて、高級合皮とエレクトロニクス制御の内装を施したものを、たくさん造って売れ残ったら会社が死ぬので、とりあえずもったいぶって20台だけ作ってみたので買ってください1億6千万円です。

ということである。ちなみにムルシエラゴは1台およそ3000万円である。
この付加価値くんめ。
ランボルギーニ・レベントン
これを日本語で「ボッタクリ」という。

フェラーリF40

 

バブルの時代のキーワードは、「限定」とか「今しか手に入らない」と言った、実に日本人らしい付加価値だったため、当時都内には期間限定営業という触れ込みで、さまざまなチャラくせえ店がたくさんあった。

フェラーリF40は、フェラーリ創設40周年記念に開発された車で、限定400台生産と当時は発表された。

そしてこのF40の誕生を見届けるように、フェラーリの創始者である、エンツォ・フェラーリが夭逝すると、誰が言い出したか「ただでさえ限定生産だし、フェラーリがこういう車を出すのはもうこれが最期」とか、今考えてみると何の根拠もない噂が一人歩きを始め、やがて加速し、あぶく銭を手にした人達のオーダーが殺到すると、いつの間にかその価格は2億円を突破する。

合言葉は「フェラーリでこういう限定車はもう出ない」であり、このF40に限らず、フェラーリの全ラインナップの価格が高騰したのもこの時期である。限定生産でもない量産車だったテスタロッサが2000万円から5000万円にまでなったのだから、イカレてるとしか言いようのない時代だった。

フェラーリF40
また、フェラーリの高騰は他の外車にも波及(よくよく考えると、この「波及」もよくわからないのだが)して、なぜかフェラーリとまったく関係のない、ランボルギーニ・ディアブロまでが5000万になったのはあきれたもんだ。

よく万博とかやると、その近所の農家が畑を急ごしらえの駐車場にして駐車料金をぼったくるもんだが、そのレベルの下心みえみえな便乗っぷりは笑っちゃうくらいで、この時代のそれを知っているから、僕は輸入車販売会社という人種を、本質的に信用していない。

そのためバブルがはじけた後に、有象無象の業者たちが物凄い勢いで淘汰されて行くさまを僕は、非常に楽しく見ていた。(性格悪りぃ)


フェラーリF40基本構造は、鋼管チューブラーフレームによるスペースフレーム(ようするに鉄パイプをひん曲げた)と、メノックス、カーボン、ケブラーなどによる複合素材でシャーシはガチガチに補強されており、エンジンは90度V8DOHC 32バルブ インタークーラー式ツインターボであり、当時は少しだけ話題になったのだが、このツインターボは日本の石川島播磨重工製である。欧米のスポーツカーに日本製パーツが使用されるのは別に珍しいことではない。ロータスエスプリのテールライトはトヨタのAE86レビンと同じものだし。

ただフェラーリが内燃機関に日本製使ったかあ…とこのときは思ったものだ。


フェラーリF40フェラーリは、F1以外ではターボエンジンを作ることはあまりなく、288GTOくらいしか市販車にはターボ車が存在しない。このためF40に搭載されたIHI製タービンの2基がけエンジンは、だるいだるいターボラグを越えた瞬間、急激にターボが効くらしく、当時R32GT-Rに対してよく言われた、いわゆる「ドッカンターボ」であり、ただでさえ操りにくいフェラーリの中にあって、さらに扱いの難しい車となった。


フェラーリF40ちなみにこの後フェラーリは、348、355、360と次第にデザインが丸みを帯びたラインになっていくのだが、F40の直線と直角を繊細に重ね合わせたデザインは、威風堂々として非の打ち所の無い美しさだった。しかし実は唯一の欠点としてこの車、リトラクタブルライトを開いた様子が絶望的にカッコ悪い。アクリルでカバーされたウィンカー部分が大きく、ヘッドライト部分が後ろに来すぎているのだ。あまりのカッコ悪さに画像を探してもついに見つからなかった。


この車の開発に携わった、ゲルハルト・ベルガーは当時現役のF1ドライバーだったが、そのベルガーをして「雨の日には絶対乗りたくない」とまで言わしめたF40は、当初400台のみの生産だったが、バブル景気に浮かれた極東の島国から殺到するオーダーで、結局増産を決定して最終的に1300台が生産されることとなり、ちっとも「限定」じゃなくなった。

日本に入ってきたF40の数は60台弱。これは異常な数字である。しかも60台弱というのは正規ルートの台数であり、並行輸入も含んだらさらに増えるから、少なく見積もっても全生産台数の10分の1が日本にあるということになるのだから。この車をめぐって100億近いジャパンマネーが舞い、そしてどこかへ消えて行き、バブルがはじけ多くのオーナー達もまた、社会から(一部はこの世からも)消えて行った。

現在もときどき街で見かけるときがあるのだが、幾多のフェラーリを見るよりも万感の思いが去来するのがこのF40である。

フェラーリF40

スズキ ストラトスフィア
バイクメーカーを思う浮かべると、僕の場合、ホンダ、スズキ、カワサキ、ヤマハの順番となる。

カワサキとヤマハはオフロード車というイメージがあって、オンロードはやっぱりホンダとスズキという棲み分けが、なんとなく頭の中にある(もちろん各社オンロードオフロードを問わず生産しているのだが)。


その中で、「耐久性」勝負なのがホンダで、「とにかくモアパワー」なのがスズキってとこかなあ。でもこれは僕の勝手な先入観で、特に明確な根拠とかないので、詳しい人が文句言ってきたら、いつでも畳に額をこすりつける準備がこちらにはある。

スズキ カタナ


そのスズキだが25年前に、その後のバイクのデザインの概念をひっくり返してしまったバイクを出している。

言わずと知れたスズキGSX1100Sカタナなわけだが、このカタナは元々工業デザイナーだったハンス・ムートにデザインを依頼して、1980年のドイツでショーモデルとして発表された。

今見たって、凡百のレーサーレプリカなど寄せ付けないような存在感とオートバイとしては異質の美しさを放つこのカタナを、80年当時初めて見た人たちは、「あくまでショーモデル(=参考出品)だろうから、このまんまは出さないだろう」と思っていたら、なんとスズキは翌81年、輸出仕様として1100CCを、その翌年82年には国内仕様に750ccをそのまんま発売してしまったのである。

スズキ カタナ



国内向けには750ccしか出さず、中免層を取り込めない(取り込むつもりもなかったのだろうが)ため、当時このカタナは高嶺の花だったのだが、欧米諸国では大人気で、様々なカスタマイズを施されたカタナが誕生したし、ハンガリーでは切手にまでなってしまった。




スズキ カタナの切手


何もかも常識破りだったこのカタナというバイクが傑作であっただけに、それからのスズキは、性能を向上させることはかなっても、その「斬新さ」という面においての「カタナ越え」をすることがなかなかできず、カタナの生みの親であるハンス・ムートにデザインさせた、GSX400インパルスを登場させたりしたが、商業的には無残なもので、衰えぬカタナ人気にスズキはカタナを復刻して販売することとなる。一時的な懐古趣味による限定復刻ではなく、「再生産」である。

(ただし、インパルスそのものは名車であり、当時中型バイク最強の48psを叩き出しており、スズキのモアパワー思想の体現者ではあった)

カタナ誕生から25年。そして復刻したカタナの生産終了から数えること5年。2005年東京モーターショーで、ついにスズキが発表したのがこのストラトスフィアである。

大抵モーターショーには、どのメーカーも商品化はとりあえずおいといて奇抜なものを出すのだが、スズキの奇抜さはそのまま売り出されてしまう奇抜さなので、モーターショーにガツンとしたものが出てなければ、商品化されてもあまりぱっとしないのだ。

スズキ ストラトスフィア

そういう意味で、このストラトスフィアは久々に「きましたよきましたよぉぉぉ!」という感じなのだ。

スズキ ストラトスフィア


まずストラトスフィアのエンジン形式だが、水冷4サイクル6気筒DOHCである。

水冷4サイクル6気筒DOHC
水冷4サイクル6気筒DOHC
水冷4サイクル6気筒DOHC

6気筒ですと…?昔ホンダのCBXがそうだったような気が…。

大きなパワーを得るための大排気量化はある部分限界に来てるということなのだろうか。第一その分車重が重くなってしまうという矛盾を抱えてしまうわけだし、そうなると過給器か多気筒化かってことになり、ターボとかスーパーチャージャーだとアクセルコントロールが難しくなりそうなので、多気筒化が手っ取り早いんだろうなあ。

加えてノークラッチ、ノーシフトである。ただし、このエンジンは1100ccなので、上限が650ccとなる現行のAT2輪免許では運転ができない。

この言わばグレーゾーンとも言うべきユーザーターゲットの絞り方は、ビッグスクーター乗ってる人種と、こういうバイクを乗っている人種というのは本質的に別であるという考えを、少しずつ変えて双方を少しずつ融合したものを次世代バイクのありかたとして提案しているのかもしれない。これはヤマハにも同じことが言える。

スズキ ストラトスフィアストラトスフィアのテーマは「金属生命体」なのだそうで、あえてなまめかしく柔らかな曲線を重視したデザインとなっている。金属生命体と言うからにはオーガノイドと合体するとものすごく強くなったりしてくれたら嬉しいのだが。

ただ、このライトの部分だけはどうしてもいただけないなあ。

スクリーンは可変式で、ハンドルポジションはライダーの好みでセッティングできるそうである。


 スズキ ストラトスフィア

メーターがデジタルなのは、個人的には大賛成である。4輪では初代のソアラとかスープラがグラフ式タコメーターにデジタル表示のスピードメーターだったが、実はあれ、すごく判りづらいという企画倒れ的欠点があったのだが、なんといってもかっこ良かったので許されていた。

なのでストラトスフィアのメーターのこれは実に素晴らしい。


さて、何でここでわざわざ2007年の今年に、今年のモーターショーに出品されているバイプレーンも空冷燃料電池で走るクロスケージにも触れず、2005年のコンセプトバイクを紹介するかというと、このストラトスフィアだが、2009年に発売になるらしい。しかもカタナ名義で出す可能性もあるそうなのだ。もしもカタナ名義で出ることになったら、ぜひ世界(とくにヨーロッパ)をメッタ斬りにして欲しいと思う。

スズキ ストラトスフィア

あとこのデザインよーく見てると、金属生命体というよりは、サンマに似てる。
マクラーレンF1
市販車で、ガソリンエンジンで、開発の段階から最高速度350km/h台の後半を目指し、それを実現した車たちを僕は「離陸くん」と勝手に呼んでいる。

離陸くんの特徴は、ほとんど乗用車と言えないスピードを標榜し、実用性その他をすべて度外視して、ただ「早いことはいいことだ」イデオロギーでもって生まれた業の深さである。ガソリンがまた値上がりで150円台だそうですなあ。

ブガッデイ・ヴェイロン、フェラーリFXX、あとちょっとマユツバものだがサリーンS7、そしてこのマクラーレンF1がとりあえずこの離陸くんに該当する。

ちなみにこのマクラーレンF1が、事実上の離陸くん第一号であり、これが出た当初は、いったいこんなの誰が乗るんだ?と思ったものだが、意外と評判がよく、特にアメリカの富裕層にはこの車をステータスとする人たちがかなりいるらしく、アメリカとかカナダの高級車オークションにはよくこれが出てくる。

マクラーレンF1

まずこの車の大きな特徴は、マクラーレンが持っているレースのノウハウを、そっくり持ってきていることにある。ボディはカーボンファイバーで成型され、ボディを構成する各パーツはボルトでもなければスポット溶接でもなく、接着剤で貼り付けられている。

エンジンはM Gmbh(BMWの関連会社)開発の6.1リッターV12DOHC48バルブである。タイプミスではありません「48バルブ」です。不毛とか言わないように。なぜなら彼は離陸くんなのだから。

エンジンルームの内側に金箔が貼られているのは別に成金社長の好みを意識したわけではなく、レーシングカーの遮熱技術をそのまま転用しているからで、マニホールド部分はニッケル基の超合金であるインコネルを使用したり、とにかく贅を尽くした作りとなっている。

また、マクラーレンF1の開発当時は、一応フェラーリがF1に実戦投入していた「プロストが憧れ、セナが嫌悪し、シューマッハが天下を取った」セミオートマチックトランスミッションを乗用車に乗せる発想がまだ早すぎると判断されたのか、6速MTをしかも縦置きではなく横置きで配置している。

マクラーレンF1

また、これは以降どこもマネしていないのだが(当たり前だ)、ドライバーズポジションが、中央に置かれている。

そして左右に小さな助手席が漢字の「山」の形に配置されて、(一応)3人乗りで、リアタイヤの前部に(一応)トランクのようなものも用意されている。

これなら弁当箱くらいなら入るだろう。
頑張れば水筒も入るかもしれない。


またこの車の購入に関してだが、値段と希少価値もあるのか、購入者が投機対象としての購入なのか否か。またこれまでの所有車歴を調査される。

次にメンテナンスだが、このマクラーレンF1は完全な「レーシングカーしかも車検証あり」なので、通常の整備工場での整備は絶対無理である。このため意図的に専用の工具を用意して、指定の工場に配っているから、まかり間違ってもこの車が故障したからと言ってBMWのディーラーに持ち込んではいけない。そしてその費用も「飛びぬけて高い」そうだから、テスタロッサのデフがドイツから引っ張ってきたら3000ユーロと聞いて腰を抜かす人なら心臓が止まるかもしれない。

発表当時は、何だか偉そうだなあと思っていたのだが、実はこの車は採算というものをまったく考えずに開発しているため、1億という値段は大赤字なのだそうである。ただマクラーレンの創始者である故ブルース・マクラーレンの夢見た、マクラーレンの名を冠したロードゴーイングカーを世に出したいという意志でもって生まれたのだ。

よってこの車にふさわしいのは、億単位のお金を用意できる経済力(だけ)ではなく、あきらかに無駄な、あきらかに時代に逆行したこの車に対して、お気に入りの力士に何も言わずにポンと小遣いを渡してそれをくだらない女とかバクチとかに浪費する様を、ニコニコと見守ることのできる「タニマチ感覚」なのだ。

というわけで離陸くんは今日も行く。
マクラーレンF1

アウディ傘下になってから、ムルシエラゴとガヤルドが売れて売れて、会社創設以来の好調を記録しているランボルギーニなのだが、シャーシから新開発の車を実はずっと出していない。ムルシエラゴですらもディアブロのシャーシを利用しているし、ガヤルドもアウディのラインで開発されたシャーシである。アウディR8

そのガヤルドも、アウディとしてはこのR8を作りたかったから、ついでにランボルギーニにも似たようなのを作らせてみたという感じがしてならない。

R8は、アウディがルマン24時間に参戦するために開発したプロトタイプレーシングカーであり、リアのパワートレイン部分(エンジン、トランスミッション、リアサスペンション)が、モジュール構造になっており、故障したら修理するのでなく、丸ごとごっそり交換できるという、それは反則じゃないのかコラと言いたくなる逆転の発想により、事実上「ほとんど壊れない」車だった。そのテクノロジーを量産スポーツカーにフィードバックして産まれたのが、このR8である。もっともこっちのR8はさすがにモジュール構造ではないと思うが。

元々アウディという会社は、ラリーには積極的で4輪駆動システム「クアトロ」を生み出してWRCを席巻してきたのだが、市販スポーツカーに対してそう積極的なスタンスではなかった。

 

アウディTT
そこで、1995年にTTというスポーツカー「っぽい」モデルを出してみたことがあるのだが、このTTが初期モデルにおいて超高速域(180km/h前後)で横転事故を起こしたという、同じドイツのポルシェが聞いたら噴飯ものの失態を演じ、慌ててリアスポイラーの実装と、サスペンションの再設計をしたという経緯がある。

しかし、なんだかんだでマイナーチェンジを繰り返しTTは次第に熟成されていく。そして1999年アウディはランボルギーニを買収する。


ランボルギーニはアウディの資本とパーツの供与により、ガヤルドを開発し、アウディはレーシングカーのR8のテクノロジーに、ランボルギーニの「空気」を取り込んで、R8の開発を進める。


アウディR8


この「空気」というのが実はとても重要で、断言してもいいがアウディが技術面でランボルギーニから学ぶことは何ひとつない。しかし、アウディにスポーツカー制作に関する「空気」があれば、TTはアウトバーンで転がったりはしなかったのである。

技術と数式で説明のつかないノウハウ。それが「空気」なのだ。


そうして晴れて誕生したのがこのR8だ。ボディはASFと呼ばれるアウディ独自のフレームを使用し、エンジンフレームの一部にマグネシウムを採用して、全長4430mm全幅1904mmのでかいボディの総重量を1630キロに抑え、4.2リッターV8DOHCのエンジンは、オイル噴射をドライサンプで低重心にもってきている。ミッションは6速Rトロニックを採用。これはランボルギーニのe-Gearと同じ構造の2ペダル式セミオートマチックである。

アウディR8
ちなみにR8は作業工程に手作業の部分が多く、1日に20台しか作れないそうで日本には150台が割り当てられるというが、これは一度乗ってみたいなあ。今度はきっと転がらないだろうから。

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