フェラーリF40~フェラーリという名のバブル~

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フェラーリF40

 

バブルの時代のキーワードは、「限定」とか「今しか手に入らない」と言った、実に日本人らしい付加価値だったため、当時都内には期間限定営業という触れ込みで、さまざまなチャラくせえ店がたくさんあった。

フェラーリF40は、フェラーリ創設40周年記念に開発された車で、限定400台生産と当時は発表された。

そしてこのF40の誕生を見届けるように、フェラーリの創始者である、エンツォ・フェラーリが夭逝すると、誰が言い出したか「ただでさえ限定生産だし、フェラーリがこういう車を出すのはもうこれが最期」とか、今考えてみると何の根拠もない噂が一人歩きを始め、やがて加速し、あぶく銭を手にした人達のオーダーが殺到すると、いつの間にかその価格は2億円を突破する。

合言葉は「フェラーリでこういう限定車はもう出ない」であり、このF40に限らず、フェラーリの全ラインナップの価格が高騰したのもこの時期である。限定生産でもない量産車だったテスタロッサが2000万円から5000万円にまでなったのだから、イカレてるとしか言いようのない時代だった。

フェラーリF40
また、フェラーリの高騰は他の外車にも波及(よくよく考えると、この「波及」もよくわからないのだが)して、なぜかフェラーリとまったく関係のない、ランボルギーニ・ディアブロまでが5000万になったのはあきれたもんだ。

よく万博とかやると、その近所の農家が畑を急ごしらえの駐車場にして駐車料金をぼったくるもんだが、そのレベルの下心みえみえな便乗っぷりは笑っちゃうくらいで、この時代のそれを知っているから、僕は輸入車販売会社という人種を、本質的に信用していない。

そのためバブルがはじけた後に、有象無象の業者たちが物凄い勢いで淘汰されて行くさまを僕は、非常に楽しく見ていた。(性格悪りぃ)


フェラーリF40基本構造は、鋼管チューブラーフレームによるスペースフレーム(ようするに鉄パイプをひん曲げた)と、メノックス、カーボン、ケブラーなどによる複合素材でシャーシはガチガチに補強されており、エンジンは90度V8DOHC 32バルブ インタークーラー式ツインターボであり、当時は少しだけ話題になったのだが、このツインターボは日本の石川島播磨重工製である。欧米のスポーツカーに日本製パーツが使用されるのは別に珍しいことではない。ロータスエスプリのテールライトはトヨタのAE86レビンと同じものだし。

ただフェラーリが内燃機関に日本製使ったかあ…とこのときは思ったものだ。


フェラーリF40フェラーリは、F1以外ではターボエンジンを作ることはあまりなく、288GTOくらいしか市販車にはターボ車が存在しない。このためF40に搭載されたIHI製タービンの2基がけエンジンは、だるいだるいターボラグを越えた瞬間、急激にターボが効くらしく、当時R32GT-Rに対してよく言われた、いわゆる「ドッカンターボ」であり、ただでさえ操りにくいフェラーリの中にあって、さらに扱いの難しい車となった。


フェラーリF40ちなみにこの後フェラーリは、348、355、360と次第にデザインが丸みを帯びたラインになっていくのだが、F40の直線と直角を繊細に重ね合わせたデザインは、威風堂々として非の打ち所の無い美しさだった。しかし実は唯一の欠点としてこの車、リトラクタブルライトを開いた様子が絶望的にカッコ悪い。アクリルでカバーされたウィンカー部分が大きく、ヘッドライト部分が後ろに来すぎているのだ。あまりのカッコ悪さに画像を探してもついに見つからなかった。


この車の開発に携わった、ゲルハルト・ベルガーは当時現役のF1ドライバーだったが、そのベルガーをして「雨の日には絶対乗りたくない」とまで言わしめたF40は、当初400台のみの生産だったが、バブル景気に浮かれた極東の島国から殺到するオーダーで、結局増産を決定して最終的に1300台が生産されることとなり、ちっとも「限定」じゃなくなった。

日本に入ってきたF40の数は60台弱。これは異常な数字である。しかも60台弱というのは正規ルートの台数であり、並行輸入も含んだらさらに増えるから、少なく見積もっても全生産台数の10分の1が日本にあるということになるのだから。この車をめぐって100億近いジャパンマネーが舞い、そしてどこかへ消えて行き、バブルがはじけ多くのオーナー達もまた、社会から(一部はこの世からも)消えて行った。

現在もときどき街で見かけるときがあるのだが、幾多のフェラーリを見るよりも万感の思いが去来するのがこのF40である。

フェラーリF40

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このページは、kanazoが2007年11月16日 23:19に書いたブログ記事です。

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