2008年7月31日アーカイブ

BMW M1 オマージュBMWっていうと、かれこれ40年以上黒字経営を続け、採算というよりは収益最優先な上に、経営に失敗したMGとローバーをたったの10ポンドで売却した冷血さ(かえすがえすもこれは凄いよなあ)と、モータースポーツもオラオラ行くぞという会社体質で有名なわけだが、このモータースポーツ関連研究開発部門子会社であるMGmgHが、今から30年前にヨーロッパのGTカーレースのグループ4およびグループ5(つまりポルシェがやりたい放題やってたカテゴリー)への参戦を目指してM1という車の開発を始めた。

BMW M1 1981

BMWの本気度は、デザイナーにジウジアーロを起用して、当時のオイルショックによる逆風にもめげずに自社製の4.5V12気筒エンジンを開発したりするところにも現れているのだが、肝心のMGmgHが、既存の車の生産で忙しく、とてもM1にまで手が回らなかった。本当はこの時点で止めておけばよかったんだろうなあ。

「いいから作れってば!」とBMWにせっつかれたのか、それともヤケになったのかMGmgHは、このM1のシャーシ開発をよりによってランボルギーニに依頼してしまう。たぶんヤケになったんだろうなあ。もうこの時点でこの車の数奇な運命が決定づけられたようなもんだ。

BMW M1 1981
よりによって70年代後半の経営破綻状態のランボルギーニである。まあランボルギーニって基本的にはいつも経営破綻状態なんだけど。
そうしてMGmgHは、エンジンの開発に専念してV12気筒から直6にエンジンを開発し直したりしながらも、少なくとも駆動系は順調に開発を進めていたのだが、問題はランボルギーニの作業が一向に進まないことだった。当たり前である。ランボルギーニにそんなもん依頼した時点で5秒あればわかりそうな展開である。このためBMWはランボルギーニを切ってドイツの別会社にシャーシ部分の開発を改めて依頼して、それをジウジアーロのいるイタルデザイン社に送ってFRP外板を張り付けて、またドイツに持って行ってMGmgHが駆動系と足回りを取り付けるという、とんでもない非効率的生産方法を取るはめになる。

GTカーレースのグループ4のホモロゲーションは「12ヶ月に400台生産」であるから、到底クリアできるわけもなく、どうにかこうにかクリアして80年の終わりにやっと参加したら、今度はレースそのものの規定が変わってしまい、結局M1のモータースポーツ参戦は短命に終わることとなる。誰のせいかと言えばランボルギーニのせいである。

BMW M1 オマージュ
 それから30年。BMWがプロトタイプとは言え再びM1を出そうとしている。今度はランボルギーニを排除してるだろうな。よし。

ボンネットのエアベンド、ルーフラインをボディのリアセクションから分断するブラックのカットライン、リアの左右に取り付けられたエンブレムなどが初代M1と共通している。だから「オマージュ」なんだなあ。


BMW M1 オマージュ
要するに当時のM1に関してBMWのスタンスとしては、「我々はあくまでM1を、当時のモータースポーツに新風を吹き込むべく革新的なアイデアでもって開発したのであって、その試みは決して失敗と言えるものではなく、ただ不運であった」というところなんだろうなあ。加えて言うならば「全部ランボルギーニが悪い」ってとこか。ごもっとも。



今回のオマージュは、今のところモータースポーツの参戦も市販の予定もないみたいだが、E92M3に搭載されている7速M・DCTをそのまんま載せて市販してみたらヒットしそうな気がする。もちろんライバルはポルシェのGT3ね。
ただし、市販するときはキドニーグリルをもう少しスマートにしてくれないと、これじゃヤッターマンに出てくるドロンボーのメカみたいだ。
BMW M1 オマージュ


 

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