2010年6月アーカイブ

ランボルギーニの6/24のプレスリリースによれば、ランボルギーニ・ガヤルドの生産台数が10000台に到達したという。生産開始から7年で達成したというが、驚くべき点は10000台を到達したこともさることながら、1つのモデルを7年間売り続ける体力と、年間1000台以上を生産するラインをランボルギーニが維持できたということだよなあ。
ランボルギーニ・ガヤルド

ランボルギーニ・ガヤルドそれまでのランボルギーニという会社は、とにかく経営に問題があったらしく、固定ファンが長年に渡っていたにも関わらず、すぐ売却されて、売却されてもなぜか経営が上向くことはなく次の売却先を探すはめになる「いらない子」のような会社だった。

そしてアウディの傘下(要するにVWなんだけど)に入ってから、真っ先に手を付けられたのは、開発思想もさることながら、この経営のあり方だったらしく、ランボルギーニはこのガヤルドが出たあたりから突然商売上手になった感じがする。何せ日本総代理店なんてもんが出来てしまったくらいなんだから。もちろんアウディのネットワークはフルに使われたんだろうけど。あとパーツも。

「まああれだ。うちもTTみたいなポルシェもどきじゃなくって、一発気合入ったスポーツカー作りたいんだけどさ、その前にお前らちょこっと何か作ってみ?その開発過程で良さそうなノウハウをうちでも活かしてみるからさ。でもさ、V12は今回やめとこうぜ?もっと小さいヤツ作ってみろって。え?うちで作ろうとしてるスポーツカーの名前?一応R8って名前考えてるんだけどさ」

とアウディに諭されたかどうかは知らないがこのガヤルドはV10である。あの狂ったようにV12を作り続けていたランボルギーニがだ。

ランボルギーニ・ガヤルド全体に小さめのパッケージにV10のエンジンを載せたこのガヤルドは、ランボルギーニ史上最高の売上を記録し、いまもって更新中であり、40年以上の長い歴史の中で(トラクター生産時代はともかくとして)おそらく初めて自動車販売で多額の利益をあげることとなった。

そもそもフェルッツィオ自身は、1970年代の前半には経営を退いていたが、「怪物のような車ではなく、充分に早くて乗り心地が良く、隣のレディが汗をかかないスポーツカー」を求めていて、実際にはどの口がそんなこと言うかと思うような車を生み出していたわけだから、このガヤルドこそがフェルッツィオが思い描いていた車だったのかもしれない。

ランボルギーニ・ムルシエラゴしかし、ランボルギーニという会社がデ・トマソみたいに消滅せずに生々流転の売却渡世を歩いて来れたのは、フェルッツィオの理念とはかけ離れた、何とも禍々しい、後先考えない暴力的なまでの化け物じみた車を作り続けたからこそ、あちこちの物好きな投資家が救いの手を差し伸べ続けたって側面があるんだよなあ。逆にそれが無ければさっさと消滅していたわけで。


ムルシエラゴなんて地獄から来たような車だもんな。


まあアウディ様の言うことを聞いて小商人になったとしても、ランボルギーニという会社が、結局は化け物工場であることは変わらない。ムルシエラゴにしても、あのわけのわからんレベントンにしても、スキあらばああいうのを作りたくてしょうがない会社なのだから。ガヤルドだっていつの間にかこんなの作っちゃってるし。
ランボルギーニ・ガヤルド・スーパーレジェーラ
 

ランボルギーニ・ミウラ1971「美味しんぼ」という漫画の登場人物をイタリアの自動車業界に当てはめると、意外にもぴったりくることを発見してしまい、笑ってしまった。

フェラーリ:
人格面に致命的な欠陥を抱える芸術家
=海原雄山

ディノ:
父親の業績を否定してわが道を行く
=山岡士郎

ランボルギーニ:
人はいいが俗物な大金持ち
=京極さん

アルファロメオ:
一応フェラーリの恩師らしいが実権なし
=唐山陶人

うーん実にぴったり来るな。
なんとなくポルシェも入れてみたかったんだけど、残念ながら美味しんぼには「親の遺産で遊び歩いてるくせに遊び半分にやってる事業がことごとく大当たりという言語道断な御曹司」ってキャラクターはいないんだよな。

ランボルギーニ・ミウラ1971さて、ランボルギーニの創始者であるフェルッツィオ・ランボルギーニは元々トラクターの販売で財をなした人で、趣味で集めた高性能スポーツカーの一台であるフェラーリにクレームを出したらエンツォに軽くあしらわれたことに怒り、同社でスポーツカーを作り始めたという話(諸説あるらしいが)は有名で、1965年に誕生したのが、このランボルギーニ・ミウラである。

ちなみに時系列で言えば、エンツォが今度はフォードを怒らせていた頃ですな。

マルチェロ・ガンディーニのデザインによるボディは、同時期に誕生したフォードGT40の雰囲気を、特にリアの処理に影響を受けており、エンジンはV12気筒をミッドシップに何と横置きしている。うーん。

相当急いで開発をしたらしく、初代のミウラはとんでもなくリアヘビーな車でまともに曲がらなくて、高速域では前輪のグリップがほとんど無くなってしまうような車だったという。

※のちにたった一台作られる、あの伝説の「イオタ」もこのリアヘビーな構造ゆえの極端に挙動の怪しいハンドリングによる事故で大破したらしい。

まあ要するに、息を呑むような美しさと同時に命がけで乗らなくてはいけないような危険さを兼ね備えていたというわけですな。

ランボルギーニ・ミウラ1968
5年間で3回のモデルチェンジで、その間のマイナーチェンジはひっきりなしに行われていたそうだから、いかに開発から発売まで「とりあえずこれで」的な方針だったかを感じるんだけど、ミウラの人気は実に高く、需要に供給が追いついていなかったというのが一番の理由なんだろうなあ。


ランボルギーニ・ミウラ19711971年に、P400SVが登場したことにより、ミウラというモデルは一定の完成形を迎えることになる。リアヘビーな挙動は大して是正はされてなかったが、リアサスペンションの強化やエンジンの出力も上げられ、LSDのようなものも一応搭載されることとなり、スポーツカーとしてのミウラの評価はさらに上がることとなった。
一方フェラーリはその2年ほど前にフィアットの軍門に下りエンツォの血圧は日々上がって行った(うそ)


しかしランボルギーニの、というかフェルッツィオの短い我が世の春は間もなく終わりを告げることとなる。
「だってただでさえ貧弱な生産ラインしかないし、そのラインも今度出るカウンタックって言う車を作るために空けなきゃいけないんだもん」
と言う理由で、ランボルギーニ・ミウラは1973年に生産を終了する。総生産台数は750台である。これだけ人気があったのに、およそ5年間で750台しか作られなかったのは、生産に手作業によるものが多かったからなのか、それとも量産設備の投入が遅れに遅れたからなのか、まあ後者だろうな。
ランボルギーニ・ミウラ1971
おまけ:
フェルッツィオとエンツォのエピソードに関する証言

フェルッツィオ:
「私はエンツォにフェラーリの部品に関して、クレームと言うより意見を言ったんだ。ただエンツォは聞いてくれなかったんだけどね」

フェルッツィオ没後のランボルギーニ未亡人:
「主人は、書簡で改善案を送ったのよ。残念ながら丁重にだけどお断りの返事を頂いたんですけどね」

エンツォ
「フェルッツィオは私の所には来てないぞ、彼はマセラティに行ったのだよ」


ツラの皮の厚い大ウソつきが一人います。

フォードGT40フォード
「よぉイタ公、レーシングカーもどきを素人に売りつけて自転車操業でレース資金調達するくらいなら、いっそうちがお前の会社買ってやろうか?」

エンツォ
「ひざまずいて頭下げて来たら売ってやらんでもないんだがな」

「なんだとぉ??」
「上等だコラァ!」

というやり取りだったかどうかは知らないが、今から半世紀前にフォードはフェラーリを買収しようとして、決して友好的とは言い難い決裂をしたことがある。

フォードGT40まあ、そんなこんなで結局フォードは自前でレーシングカーの開発を行うことにしたんだけど、その背景にはフェラーリ憎しの思想がなかったはずはない。うーん、似たような話を知ってるぞ。ほんとあちこちで敵作ってるな。天然ですか

そうして生まれたのが、このフォードGT40である。ちなみに正式名称はあくまでフォードGTであり、この40というのは車高が40インチだからということらしい。40インチってことはLPレコード約3枚分くらいしかないってことだから相当低く、カウンタックくらいしかないんじゃないだろうか。

フォードGTは開発当初は苦戦が続き、1964年のデビュー以来、レースに出てもリタイアばかりでそのたびにエンツォにせせら笑われていたのだが、あるとき遂にキャロル・シェルビーを開発リーダーに起用してから大化けする。

フォードGT40
このキャロル・シェルビーという人は、アメリカのレース関係者の中で唯一ヨーロッパ的な哲学と持った人で、この人が作った車は大抵アメリカ人離れしたポテンシャルを持っている。それはACコブラ427からダッヂ・バイパーに至るまで一貫しており、僕は勝手に「アメリカの自動車人間国宝」と呼んでいる。



そもそもこのGT40は、基本的に大排気量大パワーの車なのだが、この車で特筆すべきところは、メチャクチャな軽量化と、空力面で理にかなった設計になっているところで、さらにアルミ製の4.7リッターV8エンジンをリアのミッドシップに搭載していた。


フォードGT40
しかし、それでも非力であるとシェルビーは判断。7リッターのエンジンを載せてルマンに挑戦し、レース参戦2年目にして優勝、しかも1位から3位までを独占するという快挙まで成し遂げてしまう。そこから1969年までGT40が4連覇するその陰で、フェラーリはスゴスゴとフィアットの傘下に入っていたという、何とも涙なしには語れない事実もあったりするのだが。


その後フォードは、圧倒的な資金力を背景にF1にもエンジンを供給するようになるのだが、断固としてフェラーリはフォード製のエンジンを使わず、自前のエンジンでF1を走り続ける。そりゃあもう引っ込みつかないよな。

そんなフォードのモータースポーツ黄金時代を築いた最初のモニュメントとも言うべき車が、このフォードGT40なのでした。
フォードGT40
 

GTAスパーノ
結局あの"バイオエタノール"ってのはいったいなんだったのだろうか。世界中の穀物相場を一気に跳ね上げて穀物メジャーだけ笑いが止まらず、あせった石油産油諸国が石油の供給を絞ったら、原油価格が跳ね上がり、石油産油国も笑いが止まらず、あとは恐慌のスパイラルを築いただけだった気がするんだけど。




GTAスパーノ
さて、スペインっていうとセアトくらいしか自動車メーカーを知らないのだが、去年GTAモータースというところが、バイオエタノールで走るスーパーカーを発表した。それがこのGTAスパーノである。セアトだったら知ってるんだけど、GTAって知らないので調べてみたら、元々モータースポーツをメインにしている会社で、そのノウハウを活かしたロードカーを生み出そうと開発を続けていたそうだから、要するにマクラーレンみたいなことをしようとしていたんだな。


GTAスパーノ


そして時代が突然バイオエタノールに目を向け始めたので、いち早く取り入れてみたということらしい。こういうのって下手にでかい所よりも、ニッチな所がフットワーク軽く物事決まるものだが、実際このスパーノも非常に良いタイミングで発表された。





GTAスパーノ
ボディはケブラー、カーボン、チタニウム製で重量は1350kg。ふむ。全長4650×全幅1980×全高1200mm。例によってこのクラスの平均的な大きさと重さなんだけど、駆動系は8.5リッターV10スーパーチャージャーで840馬力ときたから、ほんまかいなっていう出来である。

この車はとりあえず99台販売されるそうで、主な顧客は米国、ドイツ、イタリア、ロシア、中国、アラブ首長国連邦なんだそうな。


ところでこの屋根、全面ガラスでしかも開閉しないっぽいけど夏場大丈夫か?温室状態になることは確実なんだけど、その分冷房ガンガンつけたら結果的に燃費が上がって、バイオエタノールの意味なくなるんじゃないだろうか。

などということを気にする小市民はこんな車に乗ってはいけない。そもそもバイオエタノールなんてもんよりリチウムイオンの方がよっぽどエコなんだから、プリウスにでも乗っていればよろしい。

GTAスパーノ
anv_01.jpg
おかげ様で、このブログも本日をもちまして3周年を迎えました。
初の記事は07年の6月23日からでしたが、kanazo.netというドメインを取得して、Movable typeをインストールする作業に取り掛かったのはどうやら3年前の今日らしいです(ドメインの更新日が今日でした)。

色々構築の作業にまつわることで胸に去来するものがあります。

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・フェラーリ・カリフォルニア&458イタリア
・マクラーレンMP4-12C
・フェラーリ400スーパーアメリカ

とまあ、これだけの車(バイクも)のことを適当に語ってまいりましたが、実際には紛失してしまった記事もありますので、もっとあったんだよなあ。アタカエンジニアリングはもっと記事あったし、戦闘機の記事もあったしな。

これからも更新の間が空くことはありますが、淡々と続けて行きますので、これからもよろしくお願い致します。

kanazo@管理人

フェラーリ400スーパーアメリカモナコからまたフェラーリの景気いい話である。

去る5月6日、モナコで行われたオークションで、1962年製の限定モデルのフェラーリ「1962 Ferrari 400 Superamerica Cabriolet Pininfarina SWB」が約370万ドル(約3.5億円)で落札されたそうだ。

モナコと言えば、タックスヘイブンで税金がかからない竜宮場のような国なわけで、 そのモナコのオークションで3億オーバーの落札と聞くと色々と感慨深いものがある。

フェラーリ400スーパーアメリカ


ちなみにタックスヘイブンというのは、"Tax heaven"ではなく"Tax haven"が正しいスペルで、「税金天国」じゃなくて「税金避難」と言う意味が正しいのだが、元々僕は知っていたんだけど、Wikipediaにすでに書いてあって丸写しみたいで悔しいからあまりこれには深く触れないぞ。


フェラーリ400スーパーアメリカ


とまあ、こんな本題と反れるようなウンチクを書いてしまうくらいに僕はこの車を知らない。







フェラーリ400スーパーアメリカ

この時代のフェラーリってのは、バリバリに12気筒で喧嘩上等マシンだったわけで、この車も4リッターV型12気筒で400馬力なそうだ。

ただ、簡単に400馬力と言っても、普通の道を走る車にそれだけの馬力を持たせても破綻しないようなパッケージなり剛性なりが乗用車の技術に確立されるようになったのは、はっきり言って80年代くらいからである。

もちろん当時のフェラーリがいくら先駆者だったとしても、元々レースが本職であった以上、オーパーツみたいな技術力があったわけはなく、どう考えても「バカみたいなパワーのエンジンを、とりあえず乗っけてみた」車だったはずである。

そう言う意味では古き良き時代のとんでもないフェラーリを今に伝える骨董品的な価値がある車なんだろうなと思う。とても乗ってみたいとは思わないけど。




今ならこの、一回使ったらポッキリ行きそうな工具もおまけについてます。
フェラーリ400スーパーアメリカ