隔世の感あり~ランボルギーニ ガヤルド累計生産1万台~

ランボルギーニの6/24のプレスリリースによれば、ランボルギーニ・ガヤルドの生産台数が10000台に到達したという。生産開始から7年で達成したというが、驚くべき点は10000台を到達したこともさることながら、1つのモデルを7年間売り続ける体力と、年間1000台以上を生産するラインをランボルギーニが維持できたということだよなあ。
ランボルギーニ・ガヤルド

ランボルギーニ・ガヤルドそれまでのランボルギーニという会社は、とにかく経営に問題があったらしく、固定ファンが長年に渡っていたにも関わらず、すぐ売却されて、売却されてもなぜか経営が上向くことはなく次の売却先を探すはめになる「いらない子」のような会社だった。

そしてアウディの傘下(要するにVWなんだけど)に入ってから、真っ先に手を付けられたのは、開発思想もさることながら、この経営のあり方だったらしく、ランボルギーニはこのガヤルドが出たあたりから突然商売上手になった感じがする。何せ日本総代理店なんてもんが出来てしまったくらいなんだから。もちろんアウディのネットワークはフルに使われたんだろうけど。あとパーツも。

「まああれだ。うちもTTみたいなポルシェもどきじゃなくって、一発気合入ったスポーツカー作りたいんだけどさ、その前にお前らちょこっと何か作ってみ?その開発過程で良さそうなノウハウをうちでも活かしてみるからさ。でもさ、V12は今回やめとこうぜ?もっと小さいヤツ作ってみろって。え?うちで作ろうとしてるスポーツカーの名前?一応R8って名前考えてるんだけどさ」

とアウディに諭されたかどうかは知らないがこのガヤルドはV10である。あの狂ったようにV12を作り続けていたランボルギーニがだ。

ランボルギーニ・ガヤルド全体に小さめのパッケージにV10のエンジンを載せたこのガヤルドは、ランボルギーニ史上最高の売上を記録し、いまもって更新中であり、40年以上の長い歴史の中で(トラクター生産時代はともかくとして)おそらく初めて自動車販売で多額の利益をあげることとなった。

そもそもフェルッツィオ自身は、1970年代の前半には経営を退いていたが、「怪物のような車ではなく、充分に早くて乗り心地が良く、隣のレディが汗をかかないスポーツカー」を求めていて、実際にはどの口がそんなこと言うかと思うような車を生み出していたわけだから、このガヤルドこそがフェルッツィオが思い描いていた車だったのかもしれない。

ランボルギーニ・ムルシエラゴしかし、ランボルギーニという会社がデ・トマソみたいに消滅せずに生々流転の売却渡世を歩いて来れたのは、フェルッツィオの理念とはかけ離れた、何とも禍々しい、後先考えない暴力的なまでの化け物じみた車を作り続けたからこそ、あちこちの物好きな投資家が救いの手を差し伸べ続けたって側面があるんだよなあ。逆にそれが無ければさっさと消滅していたわけで。


ムルシエラゴなんて地獄から来たような車だもんな。


まあアウディ様の言うことを聞いて小商人になったとしても、ランボルギーニという会社が、結局は化け物工場であることは変わらない。ムルシエラゴにしても、あのわけのわからんレベントンにしても、スキあらばああいうのを作りたくてしょうがない会社なのだから。ガヤルドだっていつの間にかこんなの作っちゃってるし。
ランボルギーニ・ガヤルド・スーパーレジェーラ
 

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このページは、kanazoが2010年6月27日 01:32に書いたブログ記事です。

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