アメリカさんにゃかないません ~フォードGT40~

フォードGT40フォード
「よぉイタ公、レーシングカーもどきを素人に売りつけて自転車操業でレース資金調達するくらいなら、いっそうちがお前の会社買ってやろうか?」

エンツォ
「ひざまずいて頭下げて来たら売ってやらんでもないんだがな」

「なんだとぉ??」
「上等だコラァ!」

というやり取りだったかどうかは知らないが、今から半世紀前にフォードはフェラーリを買収しようとして、決して友好的とは言い難い決裂をしたことがある。

フォードGT40まあ、そんなこんなで結局フォードは自前でレーシングカーの開発を行うことにしたんだけど、その背景にはフェラーリ憎しの思想がなかったはずはない。うーん、似たような話を知ってるぞ。ほんとあちこちで敵作ってるな。天然ですか

そうして生まれたのが、このフォードGT40である。ちなみに正式名称はあくまでフォードGTであり、この40というのは車高が40インチだからということらしい。40インチってことはLPレコード約3枚分くらいしかないってことだから相当低く、カウンタックくらいしかないんじゃないだろうか。

フォードGTは開発当初は苦戦が続き、1964年のデビュー以来、レースに出てもリタイアばかりでそのたびにエンツォにせせら笑われていたのだが、あるとき遂にキャロル・シェルビーを開発リーダーに起用してから大化けする。

フォードGT40
このキャロル・シェルビーという人は、アメリカのレース関係者の中で唯一ヨーロッパ的な哲学と持った人で、この人が作った車は大抵アメリカ人離れしたポテンシャルを持っている。それはACコブラ427からダッヂ・バイパーに至るまで一貫しており、僕は勝手に「アメリカの自動車人間国宝」と呼んでいる。



そもそもこのGT40は、基本的に大排気量大パワーの車なのだが、この車で特筆すべきところは、メチャクチャな軽量化と、空力面で理にかなった設計になっているところで、さらにアルミ製の4.7リッターV8エンジンをリアのミッドシップに搭載していた。


フォードGT40
しかし、それでも非力であるとシェルビーは判断。7リッターのエンジンを載せてルマンに挑戦し、レース参戦2年目にして優勝、しかも1位から3位までを独占するという快挙まで成し遂げてしまう。そこから1969年までGT40が4連覇するその陰で、フェラーリはスゴスゴとフィアットの傘下に入っていたという、何とも涙なしには語れない事実もあったりするのだが。


その後フォードは、圧倒的な資金力を背景にF1にもエンジンを供給するようになるのだが、断固としてフェラーリはフォード製のエンジンを使わず、自前のエンジンでF1を走り続ける。そりゃあもう引っ込みつかないよな。

そんなフォードのモータースポーツ黄金時代を築いた最初のモニュメントとも言うべき車が、このフォードGT40なのでした。
フォードGT40
 

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このページは、kanazoが2010年6月14日 23:23に書いたブログ記事です。

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